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トンデモな世界

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(1)達人


朝、目を覚ますと、いつもの声が庭先から聞こえた。

「セイヤー、ハッ、カァー」

クソジジイ、今朝もやってんのか、懲りないねぇ。

そう思いながら起き上がる。

窓を開けると、白髪頭のじいちゃんが痩せた上半身を丸出しにして空手の練習に励んでいる。

俺と目が合うと、

「お、ツトム。相変わらず寝坊助じゃな。早くしないと学校、遅れるぞ」

「じいちゃん、今日は土曜だよ」

「お、そうか。じゃ、お前もここに来て一緒に空手の練習をするか」

「やめとく」

この空手では、俺はじいちゃんに痛い目に合わされた。

あれはまだ、俺が小学5年生の頃だった。

じいちゃんと街を歩いていると、不良中学生が3人でタムロして、タバコ吸っていた。

中学生といっても、結構ガタイがよくて身長170センチくらいでいかにも強そうな連中だった。

そいつらに向かって、じいちゃん、いきなり怒鳴った。

「こら、お前ら。まだ中学生じゃろう。タバコなんぞ吸うんじゃない」

「なんだぁ、このじじい」

不良連中はいきり立ってじいちゃんと俺を取り囲んだ。

「ほう。やるというのか。ワシは武術の達人じゃぞ」

じいちゃんは落ち着いた声で不良たちに言った。

「おもしれぇ。その腕前見せてもらおうか」

不良たちがすごむ。

「ツトム。お前はあっちへ行ってなさい。こういう奴らにはお灸を据えてやらんとな」

じいちゃんは穏やかな顔で、俺を少し離れたところに行かせた。

それを待っていたかのように、じいちゃんの斜め後ろにいた奴がいきなりじいちゃんめがけて腕をぶん回してきた。

その時、じいちゃんの姿がスッと消えた。

不良が振り回した腕は完全な空振り。

わ、すごい、じいちゃん、やっぱり達人だ。

そう思ったのはその瞬間だけだった。

じいちゃんは前の奴に襲いかかろうとして転んでしまい、タイミングよくパンチを逃れただけだった。

地面に手をつき、起き上がろうとしたじいちゃんを不良たちはよってたかってなぐる、ける、のオンパレード。

で、じいちゃんは何もできずやられっぱなし。

「やめて」

小学生だった俺は、恐かったが、じいちゃんがやられているのを見ているわけにいかない。

夢中で不良の一人にしがみついた。

すると、俺も一緒になって、散々なぐられ、けられた。

じいちゃんと俺は地べたにはいつくばり動けなくなった。

ものの数分の出来事だったろう。

不良たちは、ふん、と鼻を鳴らして行ってしまった。

しばらく横たわったままだったじいちゃんは、呼吸を整えて起き上がると言った。

「ひどい奴らじゃの。老人と子供に暴行を加えるとは。ああいう奴らにはお灸をすえてやらんといかんな」

今やられたばかりじゃん、お灸すえられたのはこっちだろ、って心の中で俺は叫んだ。

「いやあ、さすがのワシも不意打ちをくらってしまったの」

じいちゃんは平然と言った。

この時、じいちゃんが空手2段だというのはいつもの空想だ、と分かった。

実は、このじいちゃん、やたらと空想が好きなのである。

だから、空想ジジイ、クソジジイなのだ。


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